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第24章 冷戦とポスト冷戦の東アジアの地域交流(1)

(司会 佐々木寛)

報告

日本の戦後歴史教育と教科書問題

新潟国際情報大学准教授 小林元裕

はじめに

2008年5月、中国の胡錦涛国家主席が来日し、日中両国は共同声明を発表した。前回の共同宣言から10年ぶりとなる今回の共同声明で注目されるのは歴史問題に関する文言が従来になく少ない点である。日中間の重要文書である1972年の日中共同声明、1978年の日中友好平和条約、1998年の日中友好協力パートナーシップ宣言では、いずれも日本の過去の戦争や侵略に対する「反省」、「責任」の言葉が記されたが、今回の共同声明では「歴史を直視し、未来に向かい」と記されたに過ぎない①。このことから中国が歴史問題をあまり重視しなくなったと考えるのはあまりに短絡的だろう。歴史問題が依然として日中両国にとって重要なテーマであることに変わりはない。しかし、今回は日本が中国侵略への反省を表明するという従来型の声明ではなく、日中両国が「戦略的互恵関係」を築いていくためにも、未来志向でこの問題に取り組んでいくという意思の表明と受け取れる。

また今回の共同声明でもう一つの大きな特徴として注目されるのは、「日本が、戦後60年余り、平和国家としての歩みを堅持し、平和的手段により世界の平和と安定に貢献してきていることを積極的に評価した」②と、第二次世界大戦後における日本の平和国家としての役割を中国が初めて評価した点である。今回の声明では、その「平和的手段」について具体的に言及していないので、何を指すのか不明だが、一般的には日本が平和憲法を堅持し、なんら軍事行動に訴えなかったことを指すと考えられる。今回、私の報告テーマである「戦後日本の歴史教育と教科書問題」も日本が果たした平和的手段の一つといえる。

1.三つの歴史教科書問題

このように書くと、多くの人は、それは逆ではないかと考えるだろう。戦後日本の歴史教育は平和に貢献したというよりむしろ右傾化の波に常に揺れてきたのであり、そのもっとも具体的な例が歴史教科書問題である、と。歴史教科書問題といった場合、近いところでは2001年の「新しい歴史教科書をつくる会」編集の『中学社会 歴史』(扶桑社)を、少し前であれば1986年「日本を守る国民会議」編集の高校用教科書『新編日本史』(原書房)が想起されるだろう。

これら2冊の教科書は確かに日本の歴史、とくに近代以降の歴史を積極的に評価し、特に植民地や戦争に関する叙述において日本の行動を肯定的に叙述した。特に前者の教科書執筆者らは自らの歴史認識を「自由主義史観」と定義し、従来使われてきた歴史教科書の内容を「自虐的」であり、「暗い」とする批判運動を大々的に展開した③。

中国、韓国との関係でいえば、日本の教科書検定が「侵略」という表現を認めず、朝鮮民族の独立運動を「暴動」と表現させたことなどに対して1982年、両国から公式に抗議され、教科書検定が国際問題化した④。日本政府は宮沢官房長官談話⑤を発表し、後に「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」との近隣諸国条項が検定基準に加えられた⑥。

以上の経緯を見れば、確かに日本の歴史教育は平和に貢献したといいがたいかもしれない。しかし、それならなぜ上記したような歴史教科書が登場し、1982年の教科書検定問題が起きたのか。私はこの背景にもう一つの教科書問題があったことに注目したい。それは家永三郎執筆による『新日本史』とその記述をめぐる教科書検定裁判である。

2.三つの家永教科書裁判⑦

1945年8月、第二次世界大戦に敗れた日本の教育者、研究者は戦前の国定教科書に対する深い反省の念から戦後の教育を再開した⑧。文部省も国定でない多様な教科書の登場を促すために1947年、教科書の「検定制」を導入した。

歴史学者である家永三郎も戦前の歴史教育を深く反省した1人だった⑨。彼は1952年に高校用の社会科教科書『新日本史』(三省堂)を単独で執筆した。この教科書の特徴は「帝国主義·戦争に対する鋭い批判精神に満ちた記述」と、当時の学界ではまだ研究が進んでいるといえなかった民衆の生活史や女性史などの斬新な叙述内容にあった⑩。

1950年代、冷戦が進むと社会科教育および歴史教科書を取り巻く環境は大きく変化して、教科書の検定不合格処分が増えていった。1960年、家永は『新日本史』の全面改定の検定を申請したところ不合格処分となった。1964年には修正を加えて再度申請するが、300箇所近い修正を指示され、条件付合格となった。そこで家永は翌1965年、検定の不合格処分と条件付合格の際の「修正意見」が違憲·違法であるとして民事裁判を起こした。以後32年にわたって続く家永裁判の始まりである。

家永は1967年に第2次訴訟を、1984年には第3次訴訟を起こして教科書検定の不当性を訴えた。家永教科書裁判という場合、これら3つの裁判をまとめて指す。

第2次訴訟は、家永が1964年の教科書検定で修正を迫られた内容を復活させようと1967年に検定申請したところ6箇所の記述が認められず不合格となったため、その不合格処分取り消しを求めた行政訴訟である。また第3次訴訟は、国際批判にさらされた1980年検定の際の「南京大虐殺」「日本軍残虐行為」「731部隊」「沖縄戦」など10の争点を取り上げ、それらに対する検定が違憲·違法であるとする国家賠償請求訴訟であった。

3.家永教科書裁判の成果

ここで裁判の経緯を細かく論ずる紙幅がないので、その結論のみを記すと、次のようになる。第1次訴訟は、東京地裁が教科書検定の10数箇所の違法性を認める判決を下したものの、東京高裁、最高裁で家永側の敗訴となった(1993年)。第2次訴訟は、東京地裁が家永の主張を認め、検定による6箇所の不合格処分を取り消す画期的な判決を下した。東京高裁でも不合格処分の取り消しを命じたが、最高裁はこの判決を破棄して東京高裁に差し戻し、結局、家永の訴えは却下された(1989年)。第3次訴訟は、東京地裁が1つの争点について検定意見の不当性を認め、東京高裁では3つの検定意見を違法とした。そして1997年の最高裁判決では教科書検定制度そのものは合憲としたうえで、「南京大虐殺」ほか4つの検定意見を違法と結論した。

以上のように家永教科書裁判はそれぞれの訴訟及びそれぞれの裁判段階で家永が勝利をおさめたものではなかったが、審理の過程で教科書検定における「裁量権の濫用」を法廷が認め、1990年代以降、教科書検定の検閲的性格を後退させていく要因となった。そして何よりも重要なのは、家永裁判が日本の歴史研究者に歴史学と歴史教育の関係の重要性に気づかせ、教科書の内容をより充実させる方へ向かったことである。家永裁判の進行とともに歴史研究者は、日本の植民地支配や戦争の実態、例えば南京事件、慰安婦、731部隊等々の実証的な研究を深化させ、その成果を教科書の内容に反映させていった。その結果、1970年代以降、歴史教科書は検定を受けながらも近現代史、特に戦争期の叙述内容を充実させていった。これは否定できない事実である。

むすびにかえて

1980年、自民党が当時の社会科教科書を取り上げ、自国の歴史を暗く書きすぎると教科書を攻撃し、特にその年の教科書検定が厳しくなった事実⑾や、1982年の国際的な批判の後、先に述べた2つの歴史教科書が登場してきた経緯は、家永の歴史教科書、そして教科書裁判の存在なしにはありえなかった。いずれもそれらへの反発として起きた現象ととらえられる。

したがって戦後日本における歴史教育と歴史教科書を「新しい歴史教科書をつくる会」及び「日本を守る国民会議」の2つの教科書問題だけで論じるのは議論として不十分であり、家永の歴史教科書と教科書裁判が歴史学と歴史教育の深化に果たした役割を正しく認識したうえで考察する必要がある。

本論の最後に、自らも教科書の執筆に取り組み、家永の教科書裁判を支援した歴史家、故永原慶二が家永の教科書及び教科書裁判を評した言葉を紹介して締めくくりとしたい。永原は家永の歴史教科書が提示した歴史事実の叙述とその意味、そして教科書裁判の意義を簡潔明瞭に私たちに指し示してくれる。

「なかでも家永がもっとも重視したのは人権にかかわる史実である。植民地支配がいかに他『民族』を抑圧し、その人権をふみにじったか。侵略戦争がどのように相手国人民の人権を蹂躙し、同時に自国国民をも『奴隷化』したか、家永の教科書叙述はこの点の告発で、どの教科書よりも尖鋭であった」⑿。

「第三次訴訟の主要な争点である『南京大虐殺』『日本軍の残虐行為』『七三一部隊』『沖縄戦』なども、家永にとって日本軍の背徳性を告発することだけが主題ではなく、戦争が不可避的に随伴する反人権的状況と、とくに日本のそれが具体的にどのような事態をひきおこしたかを冷静に直視確認することによって、今日、日本人が自国の歴史についてどのような目をもたなくてはならないかを明示したかったのであろう」⒀。

「三二年の『訴訟』を通じてわれわれが学んだ最大のものは、歴史認識こそ未来に向けての姿勢を示すもの、という点である」⒁。

注:

①「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」(2008年5月7日)、日本外務省ホームページ(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/visit/0805_ks.html)及び2008年5月8日付『朝日新聞』。

②同上。

③藤岡信勝『自由主義史観とは何か』(PHP文庫、1997年)、同『「自虐史観」の病理』(文藝春秋、1997年)、同編『2000年度版歴史教科書を格付けする』(徳間書店、2000年)など。

④君島和彦『教科書の思想-日本と韓国の近現代史』(すずさわ書店、1996年)160~174頁。

⑤「『歴史教科書』に関する宮沢内閣官房長官談話」(1982年8月26日)、日本外務省ホームページ(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/miyazawa.html)

⑥「義務教育諸学校教科用図書検定基準(平成11年1月25日文部省告示第15号)」及び「高等学校教科用図書検定基準(平成11年4月16日文部省告示第96号)」。

⑦本節以下、家永教科書裁判の経緯及びその成果に関する叙述は以下の文献による。教科書検定訴訟を支援する歴史学関係者の会編『歴史の法廷 家永教科書裁判と歴史学』(大月書店、1998年)、永原慶二『歴史教科書をどうつくるか』(岩波書店、2001年)、三谷博編『歴史教科書問題(リーディングス 日本の教育と社会 第6巻)』(日本図書センター、2007年)。

⑧永原慶ニ『20世紀日本の歴史学』(吉川弘文館、2003年)143頁。

⑨家永三郎『一歴史学者の歩み』(岩波現代文庫、2003年)150頁。

⑩永原慶二『歴史教科書をどうつくるか』144頁。

⑾君島和彦『教科書の思想-日本と韓国の近現代史』162頁。

⑿永原慶二『歴史教科書をどうつくるか』162頁。

⒀同上、165頁。

⒁同上、172頁。

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